満開を追う東北道南桜紀行 
  2019年4月23日〜4月29日,
   旅人/写真:岩田 穆


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[第6日(4/28)] [函館五稜郭] [函館山]
[第7日(4/29)] [白神岬] [松前城] [福島町]
  





 第7日(4/29) 松前 

北都交通バスツアー 松前桜紀行に参加。




 白神岬 


函館山


小泊岬と岩木山


白神岬


北海道最南端


海の先に見えるのは下北半島 高野崎 竜飛岬


竜飛岬


松前町と海に微かに見えるのは松前小島

 松前城 

東北地方北部から北海道南部(蝦夷地)を支配していた安東氏から独立して統治者となった蠣崎(かきざき)氏(のちの松前氏)は当初、同町内神明にあった大館に居館を構えていた。1600年(慶長5)に松前慶広(よしひろ)が新たに福山に福山館と呼ばれる新しい陣屋を設け、蝦夷地支配の拠点とした。これがのちの松前城である。その後江戸時代末まで松前藩主松前氏の居城、藩の政庁となった。現在の城郭は1849年(嘉永2)に、幕府から北辺警固を命じられた当時の藩主松前崇広(たかひろ)が、外国の艦船の海上からの攻撃を想定して福山館を大改修して築いたもので、日本における最後期の旧式城郭である。戊辰戦争末の箱館戦争の際には、榎本武揚率いる旧幕府軍の攻撃を受け落城した。その時焼失した天守は1949年(昭和24)に再建され、町のシンボル、桜の名所になっている。(https://kotobank.jp/word/松前城-180326)









搦手二ノ門から松前城に入る 福島城とも呼ばれる


桜咲く松前城天守








松前城の前で松前郷土芸能が公開されていた

鈴上舞

江良杵振舞

松尾神社 

松前藩の先祖武田信広公をお祀りしている。信広公が約540年前コシャマインの蜂起を平定したとき、蠣崎季繁からおくられた名剣、来国俊など十余年振りの刀剣の外、豊臣秀吉から拝領したといわれる桐の彫刻などを所蔵


松尾神社にある御所錦 紅と白の花を咲き分ける梅の木 桜と梅の共演は珍しい


光善寺 血脈桜の言われ(1)


光善寺 血脈桜の言われ(2)


光善寺 血脈桜  南殿の代表的な樹木


光善寺 血脈桜


血脈桜 花弁の色が白から紅に変わる


蝦夷霞桜 (龍雲院) 遅咲きのためまだ蕾みでした


松前藩屋敷


武家屋敷




松前藩主墓所


松前藩主墓所


染井吉野


夫婦桜は天神坂門にある一本桜。ソメイヨシノとナデン(マツマエハヤサキ)が1本の根から育つ桜の木である。 昭和初期にソメイヨシノの台木にナデンを挿し木したが、台木のソメイヨシノも一緒に育ってしまったため、一重の染井吉野(右)と八重の南殿(左)が一本の木に咲いている。


夫婦松


夫婦松


天神坂門 夫婦松

 福島町、知内町 



青函トンネル入口 (知内町) 知内には北島三郎の生家もある。


渡島山脈 主峰は大千軒岳


青函トンネル記念館 19年間工事に携わった角田さんの説明


福島町が輩出した横綱千代の山・千代の富士の記念館
横綱を二人出した土地は福島町と若貴兄弟の東京都中野区の二つのみ


横綱千代の山・千代の富士の優勝額

夜:函館空港から羽田空港へ。
4/30,5/1は東京で令和への改元を迎え、5/2に広島に帰る。


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