錦秋のスロベニア・クロアチアの旅行
  旅人・写真:岩田穆(あつし)
 2013年10月16日〜24日
 クラブツーリズム,TD:白上いづみ

[ブレッド湖] [ボーヒン湖] [ポストイナ鐘乳洞]
[シベニク,トロギール,スプリット] [ドブロヴニク] [コトル]
[モスタル] [プリトヴィツェ] [スルニ]

 第6日 モスタル 


モスタルはボスニア・ヘルツェゴビナ連邦に属する、ヘルツェゴビナ・ネレトヴァ県の県都 でヘルツェゴビナ地方 では最大の都市である。ボスニア・ヘルツェゴビナでは5番目に大きな都市で、市内をネレトヴァ川が流れている。ユーゴスラビアから独立したボスニア・ヘルツェゴビナでは、1992年から1995年まで続いた民族間の紛争で、歴史・文化遺産の多くが破壊されました。


モスタル市街の廃墟には内戦で残された銃弾の跡




スタリ・モストに続く街並み

  スタリ・モスト  
  2005年登録
スタリ・モスト(Stari Most)は1566年のオスマン帝国の時代に建設されたトルコ洋式の美しい橋である。全長30メートル、水面からの高さは最大24メートルの石灰岩でできたアーチ橋です。この橋の両側には、要塞化された塔が備えられており、北東にあるのがヘレビヤ塔 (Helebija) 、南西がタラ塔 (Tara) である。この2つは「モスタリ」 (mostari)と呼ばれ、その意味は「橋の護衛者たち」である。
この橋もボスニア・ヘルツェゴビナ紛争でクロアチアのロケット弾によって崩れ落ちました。1995年に紛争が終結すると、1997年から橋の再建工事が始まりました。まずは、川底から破壊された橋の残材を拾い集める作業を行い、その後、残材を乾燥させる作業を行いました。足りない石材は、創建当時と同じ地元の石灰岩が使用されました。ユネスコの支援を受けたトルコ企業によって、創建当時の技法を使って、2004年6月23日に建設当時の姿が再建されました。 


石橋を渡る 最高部から先を見る 正面はヘレビヤ塔


スタリ・モスト最高部から見たネトレヴァ川
 対岸左に白いミナレットのコスキ・メフメット・パシャのモスクがある


渡った先で石橋を振り返る 橋の向こうにタラ塔がある


スタリ・モスト(コスキ・メフメット・パシャのモスクから)


展望台で記念写真


コスキ・メフメット・パシャのモスクから


コスキ・メフメット・パシャのモスク


モスクの売店


通りにある洋品店やレストラン


スタリ・モスト 橋の向こうの河原に人が


ネトレヴァ川沿いの道


お祭りで橋から川に飛び込むのが有名 練習中か




河原に降りて


スタリ・モストの勇姿 アーチの向こうにはコスキ・メフメット・パシャのモスク,


橋の隣のカフェで休憩


綺麗な橋です。

[目次] [プリトヴィツェ]